2012年01月13日

人が想像できることは、必ず人が実現できる〜メタボリズム展リベンジ

DSC_0052.JPG
昨年12月に「メタボリズムの未来都市展」を見たことをブログに書いたのですが、同じ展覧会に、今年また行きました。前回は、時間切れになって全部見られなかったので、リベンジです!(前回の話はこちら

会場は大きく4つのブロック(テーマ)に分かれていて、その2つまでを前回見たので、今回はその続きから。

入場料は1500円なのですが、この料金を払うと、この美術館が入っている六本木ヒルズ森タワーの展望室にも入ることができます。それはいいんだけど、美術館しか見なくても料金は変わらないのです。

そういうわけで結局3000円も払ってしまったわけなのですが、それでも、やっぱり続きを見に行ってよかった〜〜!!(最後に「メタボリズム・ラウンジ」なるコーナーがあって、そこには関連の書籍がたくさん置いてあり、手にとって読めるようになっていて、映像展示も全部はとても見られなかったので、もう一回行きたいくらい。)

一言で言うと、単純に、なんだか希望が持てた感じがしたのです。

1970年の大阪万博にまつわるものを展示したコーナーがあったのですが、自分も実際にそこにったことがあるだけに、そのとき(小学校2年生?)に自分が感じたワクワク感もよみがえり、40年も前の時代にあれだけのことができたんだ、っていうことが、すごく嬉しく感じられました。

万博会場のカラフルな模型を眺めていたら、「夢がある」っていう言葉が浮かんできて、楽しい気持ちになりました。

震災や原発事故が起きるまでもなく、最近の日本のムードをあらわす言葉は「閉塞感」だったと思うのです。豊かにはなったけど、社会のいろんなことが行き詰っている日本。

だけど、私達は、それだって抜け出せるはず。
今までだって、いろんなものを変えてきた。

これからだって、変えられる。
「えー、そんなの無理じゃないの?」って思うようなことだって。

どっかのCMじゃないけど、

災害を恐れない街
ゴミという言葉のない世界
天の川が見える新宿

「人が想像できることは、必ず人が実現できる」(ジュール・ヴェルヌ)

私が「希望が持てた」と思えたのは、決して都市環境や、震災の復興に関してのことだけではないんです。

例えば、「癌という病のない世界」だって、実現できると思う。

そういえば年末に、こんなことを掲示板に書きました。

・・・・・

みなさんに、「この掲示板があってよかった」「出会えてよかった」と言っていただいて、うれしく思い、私も出来る限り続けていきたいと、気持ちを新たにしたのですが・・・

よく考えてみると、この掲示板が盛況ということは、乳がんで苦しんだり悩んだりしている人が、それだけたくさんいる、ということです。

だから、願うべきは「この掲示板がいつまでも続くこと」ではなくて「早くこの掲示板が必要なくなる日が来ること」なんですよね。

画期的な治療法が開発されて、この世界から癌という病気がなくなる日。

やったーー!!ばんざーーい!おめでとう!!

と書いて、この掲示板を閉じることにします。

その日を夢見て、もうちょっとだけ、がんばろう。

・・・・

書きながら、心のどこかでは『そんな日が私の生きているうちにホントに起きるのだろうか?ちょっと無理だよねー』って思ってたのではないか?(笑)

でも、もっともっと本気で信じよう。

想像(イマジン)するのだ! 私が「乳がん掲示板」を閉じる日を。

あ〜、早くやめたいなあ(本音)

・・・You may say  I'm a dreamer  but I'm not the only one.
I hope someday you'll join us and the world will be as one  ♪ ♪ ♪



posted by HANA at 14:31| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

ルルドの泉で

DSC_0051.JPG
2012年、初映画は「ルルドの泉で」
http://lourdes-izumi.com/

<あらすじ>
不治の病により、長年、車椅子生活を送ってきたクリスティーヌは、奇蹟の水が湧き出ることで有名な聖地ルルドへのツアーに参加する。そこには、病を抱えた人や、家族を亡くして孤独な老人、観光目的の主婦たちなど、奇蹟を求めて様々な人たちが参加していた。そんな中、別段熱心な信者でもなかったクリスティーヌに奇蹟が起こる。立って歩けるようになったのだ。オシャレをして意中の男性とも急接近し、“普通の女性”としての喜びを実感する彼女だったが、その出来事は、周りの人々の羨望や嫉妬といった様々な感情を引き起こすこととなる…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ルルドの泉」と言えば、誰でも知っている奇跡の場所。
でも、名前くらいは知っているけれども、どんな場所か、なにがどう奇跡なのか、そこで巡礼者たちはどんなことをしているのかなんて、詳しいことはほとんど知らないのではないでしょうか?

ストーリーは、ルルド巡礼ツアーに参加した人たちの間に起こった出来事。最初から最後までツアー中のお話なので、ルルドがどんな場所かというのを垣間見ることが出来て、興味深かったです。

終始静かなトーンで話が進む中、謎めいたシーンがあちこちに散りばめられていて、後になってから「あれはどういう意味だったのだろうか?」と、考えさせられます。

見てから5日もたっているのですが、今だに、ふと「あ、そうか。あの場面であの人がこう言ったのは、こういうことだったのかな?」などと考えてしまいます。結構、身につまされる部分があります(笑)

この映画から受け取るものは、人それぞれなのかもしれません。

こう例えてしまうと、見ていない方に変な誤解を与えてしまうかもしれませんが、私の中では、自分が好きなM・ナイト・シャマラン監督作品や「ツインピークス」(デビッド・リンチ)に通じる面白さがありました。

もう一回みたい。

posted by HANA at 11:02| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月20日

三四郎池のカワセミを見た

東京大学本郷キャンパス内にある三四郎池。昨日。
水面が周囲の木々を映して美しかったです。
DSC_0505.jpg

そこに鴨なんか泳いじゃったりしたら、もう、絵になりすぎ(笑)
DSC_0508s.jpg

静かに写真を撮っていたところ、おばちゃん10人くらいの団体がガヤガヤ入って来たので、『ちぇっ』と思っていると、その中の1人がつかつかと私のほうに近づいてきて、のたまわく、

「ねえねえ、今日はアレいた?アレ・・・」

私、内心『えーっと、私、あなたの知り合いじゃないし、アレって何ですねん?』

おばちゃん「ほら、アレ。なんだっけ・・・そう、カワセミ」

私「え?ここにカワセミいるんですか?」

お「そう。友達が2、3日前も見たって言うんだけど」

私「へえ。見てないです」

そして、おばちゃんは仲間に「今日はいないみたいよー」と言いながら、立ち去っていきました。

私はそれから池を半周して、さきほどいた場所の対岸からまた写真を撮っていると、視界の先を鮮やかなブルーの小さな鳥が横切っていきました。

カワセミだ!

きゃー。見ちゃった見ちゃった♪♪

カワセミは、池の中ノ島みたいなところに止まったので、離れていて肉眼でも青い点にしか見えないし、私のカメラ(スマホ)ではとてもとても写らないので、写真は撮れなかったのですが、確かに見たど!

もしも事前におばちゃんから、ここにカワセミがいるということを聞いていなかったら、その青いものが、まさかカワセミだとは思わなかったでしょう。

いやー、ラッキーラッキー。


おまけの写真。その日のランチ。松竹堂cafeにて。
DSC_0500s.jpg
posted by HANA at 11:20| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月14日

メタボリズムの未来都市展

森美術館で開催中の「メタボリズムの未来都市展」に行ってきました。

「メタボ」っていうと、いまどきはおデブさんの代名詞みたいになっちゃったけど、そもそも「メタボリズム」とは「新陳代謝」の意味なのだそうです。

しかし、ここでいう「メタボリズム」は生物学や医学の話ではなく、建築家・丹下健三に強い影響を受けた、黒川紀章、菊竹清訓、槇文彦といった人たちを中心に展開された1960年代の建築運動の名称。※詳しくはこちら

丹下健三ファンの私(作品はあんまり好きじゃないけど、思想に惹かれるところあり、各地の丹下建築を見に行ったりしている)としては、代表作、広島ピースセンター、東京カテドラル聖マリア大聖堂、代々木競技場の設計図が間近で見られたのが感激でした。もちろんすべて手書き。なんだか凄い迫力を感じました。丹下本人が書いたのかどうだか知りませんけど。

その他、人工地面やら海上都市やら、とんでもない(としか凡人には思えない)未来都市の構想を、リアルなCGで大画面で見せられると、変な気持ちになってきます。足元が揺らぐ感じ。

だって、これらのデザインは半世紀も前のもので、「とんでもない」と思うものの中にも実現しているものもあるのです。もし、これらがもっと実現できていたら、現代の私達はこんなところで生活していたのかもしれないなんて思うと、くらくらします(笑)

思ったより大量の展示物で、模型もいっぱいあって萌え〜(模型大好き!)だったし、CGアニメーションやVTRの展示物が多いので、見るのに時間がかかっってしまいました。行ったのがたまたま火曜日で、火曜日に限って5時終了ということに気づかずに行ってしまったので、時間切れになってしまい、最後のほうの展示を見られなかったのが残念!!会期はまだあるので、リベンジしにいこうかな?

東北が地震と津波で壊滅的な被害を受けた日本。
復興。新しい都市をデザインする、設計するという観点からみれば、今このときに、この展覧会を開催する意味は大きいのかもしれません。

でも、住んでいる家や町、故郷の風景を失った人にとって「新陳代謝」という言葉は、ちょっとキツいのではないのかな?とも思ってしまいました。

13 - 1.jpg
(森美術館入り口に向かう螺旋階段から外を見る)

posted by HANA at 16:54| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

霊峰石鎚山

2010年9月2日。
西日本最高峰。標高1982m 日本七霊山のひとつ、石鎚山に登りました。

山ガールでない私にとっては「登りました」なんて
軽く言えるような行程ではなかったのですが・・・。

いやいや、あそこはどんな山ガール山ボーイでも、
結構大変なところなのではないでしょうか。

山岳信仰の山であり、修験者の修行の場であります。

お大師様(弘法大師空海)も若いときにここで修行されたという話もあり
歩き遍路の途中にここにも登るという人もいます。
(すごい!)


目指す頂上はあそこです!

うそー、あんなに遠いの?! ひぇー。
(下から全部登った訳ではないので、実は距離的にはたいしたことないのですが)
IMGP1758.jpg


この鎖を登ります!

マジー?! ぎよええーーー。垂直やんか。
↓↓
IMGP1781.jpg

鎖場の途中から見下ろせば、こんな景色です。
「なんでこんなところに来てしまったんだろう」と後悔します。
↓↓↓
IMGP1782.jpg

頂上の天狗岳。
あの先っぽまで行きますよ。
えええっ!!!
↓↓
IMGP1810.jpg

上の写真を撮っている位置は、下の写真の弥山(みせん)という場所。
石鎚神社山頂社があります。
ここまで登っても天狗岳の方へは行かない(行けない)人もいます。
↓↓
IMGP1818.jpg

私はなんとか頂上まで到達できましたが、
岩の上をへっぴり腰で這いつくばって行くのがやっとでした。

頂上の手前の岩場の幅は1m近くあって、少し傾斜はあるものの、
もしこれが地上10cmの場所だったらスキップして渡れるはず。

それなのに左右が断崖絶壁と思うと、足がすくむというか、
腰が抜けるというか、クラっとめまいがするような、
ふわっと体の力が抜けるような変な感覚になり、
立ち上がることができないのです。

高所恐怖症ではないのですが・・・。
「高さ」をこんなに怖いと思ったのは初めての体験でした。

実は私が弥山に着いたときは、霧がかかっていて周囲は何も見えず、
天狗岳に行くのもあきらめようかと思いました。

でも、お昼ご飯を食べているうちに晴れてきたので、
行くことができました。

ありがたや、ありがたや。

本当に貴重な体験でした。

六根清浄、六根清浄。






posted by HANA at 08:29| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月07日

幸せは取りに行け

IMGP1506s500.jpg
(上海万博 ウズベキスタン館)

友人が所属する和太鼓チームの公演にくっついて
上海と杭州に行って来ました。

あちらもまだ梅雨で、スカッとしない天気でしたが、
とにかく蒸し暑くて参りました。

ちょっと動けば汗だらだら。ハンカチもすぐびしょびしょ。
意識は朦朧。

IMGP1540s500.jpg
(「和太鼓 蓮」の上海万博での演奏)

私たち応援組は、ただ暢気に見ているだけでも、暑くて
頭がボーっとしてくるくらいなのに
演奏するみなさんは(結構年配の方も多いのですが)
その暑さのなかで、全身を使って太鼓を演奏するのですから
本当に大変だったと思います。
演奏の前後には、太鼓を運んだり、梱包を解いたりなどの
力仕事もあります。

プロの演奏家という訳ではなくて、みなさん、他にお仕事を
持ちながら趣味で太鼓をやっている方々なのです。

ぐうたら人間の私などから見ると、正直、
「わざわざこんな遠くに来て、これほど大変な思いをしてまで
演奏したいものなのかな?」などと思ってしまうのですが・・・(笑)

でも、みなさん本当に元気で、明るくて、楽しそうでした。

好きなことに打ち込んでいる人の素敵な笑顔。
さわやかなパワー。

そんな中に身をおいた4日間の旅。

単なる観光旅行とは一味違う、素敵な体験でした。


どこかへ行く
何かをする

好きなことをするために、時にはいろんな犠牲も払う

遠い、疲れる、暑い、めんどくさい、
トラブルにあうかもしれない、

家にいて、何もしないで、のんびりしているほうが、
ずっとラクなんだけれども、

それでは、あんな素敵な笑顔にはなれないだろう。


「幸せは自分から取りに行け!」

それが、この旅から私がもらったメッセージでした。


posted by HANA at 12:08| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月10日

「地球交響曲第七番」完成披露試写会 感想

5月1日に映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第七番」完成披露試写会にいきました。

そのことを書きたいと思っているうちに
日にちがたって、もはや、記憶はトコロテン方式で
だいぶ押し出されつつありますが・・・・
全部押し出されないうちに、ちょっと書いておこうと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ■映画「地球交響曲」に関する基本的なことは公式サイトで
 →http://www.gaiasymphony.com/

 ■「私と地球交響曲について」は、私達「ちょっと集○会」が
  2002年に第三番の自主上映会を行った時の自己紹介のページを
 →http://atsumarukai.ld.infoseek.co.jp/hana/prof.html#gaia

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回の試写会の会場は、なんと、明治神宮の中にある明治神宮会館という
ところで、当日5月1日はぴかぴかの五月晴れ。新緑が美しい神宮の森の奥、
神聖な、心地の良い空間で、あたたかーいムードにつつまれて行われました。

試写会で印象的だったこと。

第4番(だと思った)からはじまった「ひとこまスポンサー方式」
つまり、ガイアシンフォニーを応援する人たちがみんなで
スポンサーになって映画製作費を集めようってことなんだけど、
今回ひとこまスポンサーで集まった寄付額が今までで一番多かったそう。

不況が続き、経済的に苦しい人も多いこのご時勢に、
これだけの寄付がこの映画のために集まったということは、
本当にありがたいことだと思う。みなさんのお陰です。と
監督が感無量という感じでお話されたこと。

ゲストは今回の出演者のうちアンドルー・ワイルさん、 高野孝子さん。
声の出演者 油井昌由樹さん、中嶋朋子さん、宍戸開さん ほか。
それから、前回につづき 高円宮妃殿下も来られていて、お話もされました。

ゲストのみなさんのお話で、共通していたのは、
みなさん出演者として参加する以前にガイアシンフォニーの
「一ファン」であるので、出演できたことを本当にうれしい、ありがたい、
感謝します、と口々に語られていらっしゃったこと。

映画そのものに対する私の感想としては、
今回はこれまでとメッセージのトーンが変わったなあと思いました。
それは映画が変わったのではなく、私が変わったのかもしれませんが。

今までは私はこの映画に「希望」を見出したいと思って見ていたのだと
思います。(と、今にしてみればそう思う)

地球環境、政治、経済、社会、人間の心と体・・・現実の世の中は、
どう考えてもめちゃくちゃで絶望的で、どこにも突破口はなさそうだけど、

そういう中でガイアシンフォニーの登場人物たちは、
すばらしい実例を見せてくれながら、
「地球はまだまだ大丈夫」
「私達は大丈夫」
と語ってくれるので、そのことを自分の希望にしてきたのです。

つまり、ガイアの登場人物にそう言ってもらわない限りは、
私はぜんぜん大丈夫と思えていなかった、っていうことだったんだと思います。

だから、心の拠り所として、ガイアシンフォニーに「すがっていた」
ところがあったのかもしれない、と今回気づきました。


でも、いまの私の感じは、前とは少し違ってきていて、
自分自身として、自分の深いところで、
なんとなく「大丈夫」って思えているように感じました。
(何がどう大丈夫なのか、自分でもはっきりはわからないのですが)

約20年。「地球交響曲」と共に、私も成長してきたのかな?

今回のガイアで(表面上)登場人物の誰かが「地球の未来は大丈夫」と
口に出して語った訳ではなかったと思います。

今は「悪い状況」であるから、その悪い部分をなんとかして「改善」して
「良い状況」へ持っていこうよ、というようなレベルの話ではないのです。

良いも悪いもない。


どんな状況が訪れても、目の前にあるものを受け入れる柔軟性。


それが、強さ。それこそが、希望なのだ。




・・・と、

ちゃんとした映画の感想にも何にもなっていないわけのわからない
文章ですが、記憶力の頼りない自分自身の覚書として、
あえてこのまま書いておきたいと思います(笑)



私の感想などは気にせず、

ぜひご自分の心と魂で「地球交響曲」に触れていただきたいと思います。

映画「地球交響曲」第七番は、今年7月に劇場公開され、
その後、おそらくまた全国のいろいろな方の手でで自主上映会が
開かれることと思いますので、機会があればぜひご覧ください。

尚、第○番と番号がついていますが、続き物のストーリー映画では
ないので、どれから見ても「話がわからない」ということは
ありません。どれをとっても、オススメです。


【参考サイト】

■「地球交響曲」公式サイト
http://www.gaiasymphony.com/

■2002年に地球交響曲第三番の自主上映会を行った
ちょっと集○会(ちょっとあつまるかい)のホームページ。
http://atsumarukai.ld.infoseek.co.jp/

※「ちょっと集○会」は乳がんを体験し、インターネットを通して
知り合った私と4人の仲間の、ゆるやかでファジーなネットワーク。



posted by HANA at 15:31| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月22日

ベトナムなう

そういうわけで、ベトナム・ホーチミンに行ってきました。

今日は自分の撮った写真をいくつか載せてみたいと思います。

morning.jpg

昨日も書いたように、とにかくバイクバイクバイクです。

着いた翌日の朝、ホテルの近くを一人で散歩したのですが、まあ「散歩」なんていう暢気なことをこの街は許してくれません。

このとおりの車とバイクだし、日本語で話しかけてくるバイクのおにいさんやおじさん(闇バイクタクシー。バイクで案内してあげると誘って、後で法外な料金を要求されるというトラブルが多発しているので、絶対ついていってはいけないと、ガイドブックに書いてあります)に目をつけられるので、ぼんやりキョロキョロなんてしていられないのです。

mitibata.jpg

こんな風に、てんびんを担いだ物売りの女性とかいたりするのが、かろうじてベトナムっぽいかな。

bike.jpg

なんで、せっかく旅行に行ったのにバイクの写真ばっかり撮ってるの?もっときれいな写真載せたら?と思われるかもしれないのですが、確かに、コロニアル建築と呼ばれるフランス統治時代の建物や、おしゃれなホテルもあるのですが、それだけを切り取ってここに載せても、それは私の体験したベトナムの印象とは全く違うものになってしまうので、あえて載せたくない感じがするのです。

しつこいようですが、バイクバイクバイク。これが今のベトナム(笑)

densen1.jpg

電線もすごいです!

日本でも電線が気になって割りとチェックしている私ですが、ベトナムの電線は、レベルが違います。感動モノです(笑)

densen2.jpg

これ、どれがどこにつながってるか、把握されているのでしょうか?
してないだろうな。もし切れたら、それを修理するのではなくて、新しく足しちゃうんだろうな?だから、このようにどんどん増えていく一方なのではと思いました。(そんなのがベトナムの国民性みたい)

bus2.jpg

2日目。バスでチョロン(中華街)に行きました。
この写真は、出発地、ベンタン市場近くのサイゴンバスターミナル。

さくさんのバスと人がぐちゃぐちゃ。その混沌の中で、端っこで飲食物を売っている人、そこで座って何か食べてる人がいます。

いちおう「何番乗り場」みたいに書いてあるのですが、あんまり関係なしに、みんな適当なところで乗り降りしているみたいです。人がまだ乗り降りしていても、バスは平気で動き出してしまいます。

binhtay1.jpg

チョロンのビンタイ市場。
ホーチミンの2大市場は「ベンタン市場」と「ビンタイ市場」。
ベンタン市場は市の中心地にあって、安いとはいっても観光客向けのところがあるみたいなのに比べて、こちらのビンタイ市場は、卸売り市場という感じで、より混沌としています。

ベンタンでは、日本語で「オネエサン何ホシイノ」などと声をかけてきたりするのですが、こちらビンタイではそういうのはなくて、皆さん商品を数えたり並べたりと自分の作業に忙しそうで、あとはモノと人がいっぱいの狭い通路の脇で平気で何か食べていたりで(何か食べてるのはベンタンもどこでも同じだが)、観光客相手に売る気はあんまりないようです。

binhtay2.jpg

年末のアメ横ですら足を踏み入れることができないヤワな私に、こんなところで買い物などできる訳がありません。もちろんスルーです。でも、声かけられない分、ベンタンよりビンタイのほうが、ゆっくり物が見られて面白かった。

bentai.jpg

1日目には中心地の観光スポット(統一会堂、サイゴン教会=聖母マリア教会、中央郵便局、ベンタン市場)をひととおりまわって、多少ホーチミンに馴染んだつもりでいましたが、チョロンの混沌具合は、段違い。

チョロンに行ってから、宿泊ホテルのあるドンコイ通り周辺に戻ったら、「こんなのはまだまし」と思えてしまいました。

でも、チョロンは面白かった〜。

temple2.jpg

チョロンのティエンハウ寺。天井につるしているのは、巨大なうずまき線香です。

temple1.jpg

地元の人がお参りをしているのを見ていると、30センチくらいある花火のような線香を10本くらい束にして持って、それを顔の前で、ぶんぶんぶんと小刻みに振っていました。

街なかでも、この線香が、街路樹の根元などに差してあり、軸の部分がピンク色の木なのでそれがたくさん残っていました。

あと、お店には必ずといっていいほど、四角い箱の仏壇みたいなのが置いてあって(日本人の感覚だと上の方に置くものだと思うのですが、あちらでは客の足元においてあったりします。)、布袋様のような像がまつってありました。

宗教とか民間信仰に興味がある私には、こういう部分にすぐ目が行ってしまうのですが、面白いと思ったのは、下記の写真のように、バスなど車の前のところに、お花(生花)や線香立てがついているものをよく見かけました。

bus.jpg

お供えする花は黄色の小菊(?)と決まっているようです。

kiku.jpg

上の写真で、右下のほうに四角い箱型のものがあり、中に線香と黄色い花と果物かなにかが供えてありますね。道祖神ってところでしょうか。

church2.jpg

この門は、チョロンにある「教会」の門なんです。

church1.jpg

さすが中華街にある教会。

etoneko.jpg

そうそう。これは日めくりの暦なのですが、カラフルな絵が描いてあって、日本のそれとは趣がちがいます。左下に猫の絵が描いてありますが、なんで?と思ったら、ベトナムにも「干支」があるのですが、ベトナムでは十二支に「ひつじ」のかわりに「猫」が入っているんですって!

帰ってきて調べたら、ブルガリアでは虎の代わりに猫だそうです。それ以外にも、十二支の動物は国によって微妙に違っていたりするそうです。→Wikipedia十二支

vuiven.jpg

このあたりは、中心地から少しはずれたところで、安宿がたくさんある、いわゆるバックパッカー街(ファングラーオ通り〜デタム通り〜ブイヴェン通り)。ここらへんは、ベンタン通り(日本で言えば銀座)周辺に比べればずっと生活感が感じられます。

こうやって書いていると、「あれの写真も撮っておけばよかった」「あそこの写真も撮っておけばよかった」と後悔するのですが、その時は、ほとんど歩くだけで精一杯の状況で、これだけ撮っただけでも、私にしてはよく頑張ったと思います。

とにかく、道端で立ち止まってぼんやりなんてしていたら、危険なんですから!!

・・・

1日目の朝の散歩に一人で出たときは、聞きしに勝る交通状況のすさまじさと、騒音、排気ガス、まとわりついてくる闇バイクタクシーのおじさんに、すっかり辟易し、『こんなところもう二度と来ることはあるまい』と思ったのですが、帰ってきてこうやって振り返ってみると、『次に行ったら、あんなことしてみたい、こんなところも行きたい』なんて、考えてしまっている自分がいます(笑)

それにしても、
「ベトナムどうだった?」ときかれて、
「面白かった」とはいえるけれども、
「良いところだったから、あなたもぜひ行ってみて〜」
と、誰にでも勧められる場所ではないですね。ははは。

posted by HANA at 13:03| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月21日

ホーチミン・ショック!

ベトナム・ホーチミンに単身赴任中の夫のところへ
ちょっと遊びに行ってきました。

夫から様子は聞いていたし、ガイドブックなどで
予備知識は頭に入れていきましたが、
実際、行ってみてびっくり!!

なんといっても、バイクバイクバイク。
とにかくバイクだらけ。はんぱじゃない。

「バイクが多い」
「観光客は道を渡れない」

というのは、知っていました。
知っていましたけれども、あれほどとは思いませんでした。

「想像を絶する」とはこのことか!と思いました。

写真も撮ってきたので、それをここに掲載しようかとも思いましたが、
どう見ても、静止画では、あのすさまじさの
微塵も伝えることができそうもありません。

それで、Youtubeから、私が体験した感じに近い動画を
探してきました。

全く知らない方の投稿動画ですが、お借りして掲載します。





2番目の動画は、より私の体験に近いです。
この方と全く同じ道を一人で渡りました。
(この状況でビデオを撮るなんてすごい!尊敬します)

日本語で話しかけてくるバイクのおじさんのセリフも
ほとんど同じです(笑)

これが、ある一部の通りだけというのではないのです。
ホーチミンのどこへいっても、この調子なんです。
もっとすごいところもあります。

そして単に、バイクが多い、交通ルールが守られていない、
(そもそも交通法規あるのかな?)ということだけではなく、

なんていうかなあ・・・

人と人、人と車やバイクの「距離感」というものが
日本人の私たちの感覚と全然違うのだと思いました。

車やバイクがびゅんびゅん走る道のわきに、
路上に座って飲食している人たちがいて、
その間を歩行者が通るのだけれども、
それぞれの隙間が10センチ位しかなかったり。

あの「距離感」の凄さを、たとえ動画でも、
伝えるのは難しいと思います。

そういう意味で、
「行かなければわからなかった」
「行ってみてよかったなあ」
と思いました。

日本に帰ってきたら静か過ぎて・・・変な感じです(笑)

posted by HANA at 16:07| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月11日

浅草名所七福神めぐり

1月6日に母と七福神めぐりに行きました。

東京には、いろいろな七福神めぐりコースがありますが、今回は浅草名所七福神めぐり。(「名所」は「めいしょ」ではなく「などころ」と読みます。)七福神なのになぜか9つのお寺や神社をめぐります。

100106_1250~0002.jpg 100106_1420~0001.jpg

「浅草名所七福神会」のホームページによると・・・

----
浅草名所七福神は九社寺あります。「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。九は鳩でありあつまる意味をもち、また、天地の至数、易では陽を表す」という古事に由来したことによります。
----


???・・・よくわかりません(笑)
ま、理屈はなんでもいいので、とにかく回ることに意義あり。

七福神めぐりは回る順番は自由です。→浅草名所七福神めぐりコースマップ

100106_1330~0001.jpg 100106_1321~0001.jpg
(左:待乳山聖天。「大根」がシンボルです。右:新東京タワー、だいぶ育ってきました。)

100106_1348~0002.jpg 100106_1358~0001.jpg
(今戸神社では、たくさんの招き猫が迎えてくれます。)

100106_1438~0003.jpg 100106_1449~0001.jpg 

各社寺で買った小さな絵馬を笹につけていき、上の写真が全部そろった完成図。私は色紙にご朱印を集めました。

右は母の朱印帖。吉原神社のご朱印がカッコよかったので写真を撮らせてもらいました。色紙のほうではスペースが小さいせいか、墨筆の部分が違うのです。にょろにょろっと伸びた部分は「吉原」の「よし」で、頭が蛇になっているようです。

10時15分に三ノ輪駅を出発し、鷲神社からスタート。あとは全部徒歩で、最後は石浜神社、そして南千住駅到着が約15時15分。昼食時に30分ほど休んだ以外は、ほとんど休憩時間もとらず、寄り道もせず、歩きとお参りで5時間。

終わって、母の万歩計が15,000歩を超えていましたから、結構な距離あったと思いますが、母(76歳)は「心が晴れ晴れとしてさわやかな気持ちになるね!」と、元気一杯ハイテンションで、私の方が後半バテぎみでした;

親孝行のつもりが、母のお陰で歩かせてもらった感じになりました。

ラベル:神社 お寺
posted by HANA at 11:50| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月18日

天使の梯子

旅に出ていました。

行きの羽田空港。
雲の隙間から太陽の光が、柱のようになって差しています。

01hasigo.jpg

・・・こういう現象って、何と言うんだったかなあ?

02hasigo.jpg

そして飛行機が離陸してすぐ、機体が大きく傾いたとき、その光の束が、海に差し込んでいる所が見えました。海面がキラキラ光っています。おおお〜。

06fuji.jpg

飛行機からこんなに綺麗に富士山が見えたのって、はじめて!

05fuji.jpg

てっぺんに笠のような形の薄い雲がかかっています。

06kumo.jpg

円になった雲。龍かな?
雲の影が山に映っているのが面白い。

04hasigo.jpg

帰りの某空港。ここでもまた、光の柱が。(左側)

家に帰って調べてみたら、こういうの「天使の梯子」というのだそうです。

・・・

気象現象としては「薄明光線」、一般的には「天使の梯子」がよく知られている名称。

* 天使の梯子、天使のはしご(てんしのはしご、Angel's Ladder)
* 天使の階段(Angel's stairs, Angel's stairway)
* ヤコブの梯子、ヤコブのはしご(Jacob's Ladder)
* レンブラント光線
* また、単に光芒と呼ぶこともある。

ヤコブの梯子、天使の梯子という名称は、旧約聖書創世記28章12節の中にある記述に由来する。この記述では、ヤコブが夢の中で、雲の切れ間から差す光のような梯子が天から地上に伸び、そこを天使が上り下りしている光景を見たとされる。これがキリスト教徒の間で知れ渡り、やがて自然現象もそのように呼ばれるようになった。(ウィキペディア

・・・

行きも帰りも「天使の梯子」を見るとは。
天使さん、大忙しなんでしょうか?!

そういえば・・・

先日のコンサートで買った菊池峰子さんのご本。いただいたサインがこんなのでした。

07sign.jpg

奇跡の天使力

飛行機では、キム・シンさんのCDをずっと聴いていたのでしたっけ。

雲の海、山々、光と影の織り成す大自然のレビューにはぴったりのBGMでした。

神様の演出はすごい!!

posted by HANA at 21:06| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月13日

「ムーンリヴァー」出版記念チャリティコンサート

091212_2340~0001.jpg昨日12日は、友人に誘われて、シンセサイザー奏者キム・シンさんのコンサートに行きました。

このコンサートは菊池峰子さんという方の出版記念コンサートとのことだったのですが、私は菊池峰子さんのことも全く存じ上げませんでしたし、キム・シンさんのことも知りませんでした。

また、誘ってくれた人も「友人」とはいっても、何年か前に、ある講演会でたまたま隣り合わせに座ったことがきっかけで知り合った方で、年に1回会うか会わないかというくらいのおつきあいの方です。

私はそれほどフットワークの軽い人間ではなく、誘われたらホイホイどこへでも行くような人ではないのですが、今回のお誘いのメールをいただいた時には、なんとなく「行くべし!」と思ったので、2つ返事で「行きたいです!」とお返事しました。

そして、あえてキム・シンさん、菊池峰子さんという方のことについては、事前にネットで詳しく調べたりせずにいました。余計な知識や変な先入観なしに、とにかく、その音楽に触れてみたいと思ったからです。

キム・シンさんの演奏は本当にすばらしいものでした。はじまったとたん、ぐぐっと引き込まれました。壮大な景色が見えてくるような、時空を超えて何千年も旅をさせてくれるような、そんな音楽です。

菊池峰子さんという方も素敵な人でした。今回出版された御本に、菊池さんのこれまでなさってこられたことが書いてあるそうで、私はそれをまだ読んではいないのですが、演奏の合間の少しのトークと、会場の雰囲気で、この方のお人柄やこれまで積み重ねてこられた経験や生きざまを垣間見ることができ、素直に共感できました。

地球という星に人間として生まれ、いま、ここに生きている奇跡。

人と人との縁が織り成す不思議。

そんなことをしみじみと感じながら過ごした濃いぃ時間でした。

ムーンリヴァー 世界の30万人に感動の舞台を届けたボランティアの記録
菊池 峰子 (著) 文芸社 (2009/11/1)

キム・シンさんホームページ
http://www.nextftp.com/kim-shin/

このコンサートは書籍「ムーンリヴァー」の出版記念であると同時に、「地球の子供達に愛と夢を贈る ムーンリヴァー財団」設立のためのチャリティ・コンサートであるとのことでした。

縁あって、たまたま「出発(たびだち)」の日に居合わせたわけですから、今後も活動を見守っていき、協力できることがあればしたいと思っています。
posted by HANA at 10:32| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月13日

酉の市2009

091112_1716~0001.jpg

昨日は母を誘って浅草の酉の市に行きました。

おととし行ったときはたしか日曜日で、午後3時位だったのでめちゃくちゃ混んでいて、三ノ輪の駅の出口から神社まで、舗道が人でぎっしり、もちろん境内も身動きできないほどびっしりの人でした。

去年は平日でしたが、夕方5時をまわっていたので、仕事帰りの人が増え始めて、結構混んでいました。

今年は平日の朝10時半頃だったので、行きの道はほとんど人がいなくて、すいすい。

門から拝殿前まではお参りする人の列ができていましたが、それでも、まだ余裕ありの状態で、ゆっくりお参りできました。

母は若い頃に山形から上京してきて、この近辺に住んでいました。
まだ東京に来たばかりのころ、はじめてお酉様に連れてきてもらった時のことなど、思い出して話していました。

母の昔話は何回も聞いたことのあるワンパターンの話が多いですが、こんな風に、昔行ったことのある場所などに行くと、今まできいたことののないめずらしい話が、彼女の記憶の、忘却の彼方から呼び覚まされてくるので、面白いです(笑)

母が鷲神社に来たのはその当時以来のようなので、かれこれ50数年ぶり・・・?

14日が母の誕生日なので、そのあと、去年と同じ北千住のタピ・ルージュでランチでお祝い。

来年もこのパターンになるかも?

posted by HANA at 11:01| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

夢いぬ〜国際福祉機器展2009

091002_1509~0001.jpg
1日に、東京ビックサイトで開催されていた「国際福祉機器展2009」を見てきたのですが、そこで、以前にテレビで見たことのある「夢いぬ」に触ることができました。

犬型ロボットというか、動くぬいぐるみというか。

これがなんで福祉機器なのかというと、認知症の高齢者などが、これに触れることで癒されたり、脳が活性化するなどの効果が見られるというようなことなのです。

人間の赤ちゃんタイプのものもありました。

実際、触ってみると、本当によくできていました。
外見は、「本物そっくり」というわけではなくて、
見るからに「ぬいぐるみ」なのですが、
動きがすごくリアルなのです。

センサーがついていて、触る場所によって動きが変わるようです。
頭をなでると、くぅーんというような甘えた声を出したり、
背中をなでるとふせたりと、微妙な細やかな動きをします。

ゴールデンレトリーバーが好きだけど、一生飼えそうもないから、
歳とったらこういうの買って一緒に暮らそうかなあ・・・(笑)

メーカー希望小売価格 34,650円(税込)とのこと。

posted by HANA at 03:27| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

FOOMA JAPAN 2009

ちょっと前の話ですが、東京ビックサイトで開催された国際食品工業展(FOOMA JAPAN 2009)に行きました。食品の加工、製造、販売に関わる機械の展示会です。

ふだん目にする機会のない、工場で使われるような大きな機械がたくさんあって興味深かったです。工場見学の気分。

そういう、いかにも「機械」というものが展示の主体なのですが、「ロボット・フード・パーク」という企画展示で、下記の写真のティッシュ配りロボットや、お好み焼きロボット、すしロボットなどの実演もありました。

090610_1446~0001.jpg 090610_1447~0001.jpg
(人がいる場所を感知してそこに手を伸ばしてきます)

デモンストレーションとして試食できるところもあったりして、思いがけずビールまで試飲しちゃって、ラッキー♪(笑)

(仕事で行ったのですけどネ・・・)

posted by HANA at 13:14| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

元吉原〜いろんな偶然

土曜日と日曜日、ある講習会を受けた。
朝9時から夕方6時半くらいまで、みっちり。

このところ身辺に色々なことが重なって、急に慌しくなり、心配事を抱えて気持ちも不安定、寝不足だし、おまけに生理になっちゃって、お腹は痛いわ、気持ち悪いわ、眠たいわで、サイアクのコンディション。

どうなることかと思ったけど、自ら好き好んで申し込んだ講習会だったので、すべての内容が興味深く、なんとか睡魔にも打ち勝ち、2日間集中が途切れることなく乗り切ることができた。

しんどかったけど、よりによってこのタイミングで、これを受けることになったことには意味があったかもしれない。今、このタイミングでなれば、逆にこんなに集中して講義を受けられなかったかもしれない。

神様の采配はなかなか面白い。

それはさておき。

会場に行ってみてはじめてわかったのだが、その同じビルの3階に、私が昔仕事で行ったことのある会社が入っていた。

かれこれ20年も前のことだろうか。そこに常駐していたわけではないが、何回か行ったような記憶がある。あんまりよい思い出ではなかったが、なんだか不思議な感慨に浸った。

そして帰りに神田駅のほうに向かって歩いていたら、こんなものを見つけた。

090614_1826~0001.jpg

なんだろう?と思って裏へ回ってみると、

090614_1825~0001.jpg 090614_1825~0002.jpg

こんな感じで、「神田紺屋町」の町名の由来が書いてあった。

で、読んでたら、また出た! 明暦の大火が(笑)

それで、家に帰って、また例の「切絵図・現代図で歩く江戸東京散歩」という本を見ていたら、んんん?

同じ地図の範囲内に、こんな記述のある場所が、

『高砂町。幕府公認の遊郭吉原一帯で、吉原は明暦の大火後、浅草に移った。』

そう。私がこの前行った浅草の吉原は、明暦の大火後に移された場所、「新吉原」なのだ。

別に私、吉原の研究してるわけでも特に興味があるわけでもないんだけど、なんで、こう偶然につながってしまうのか。

今回の講習会は2回で終わりではなく、来月にまた2日間、8月にもう1日ある。次回行ったときには、元吉原の場所まで、歩いていってみよう。

関連記事:
 樋口一葉記念館から吉原へ(2009.6.3)
 浅草田圃(2009.6.7)
 消防博物館(2009.6.9)

ラベル:江戸 地図
posted by HANA at 10:34| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

消防博物館

ここ数年、よく出くわしてしまうキーワードが「明暦の大火(振袖火事)」。

火事の多かった江戸時代。

江戸三十三観音めぐりをしていることもあって、都内のお寺を訪れれば、「何やらの火事で亡くなった人の菩提を弔うために建てられた慰霊碑」とかいうようなエピソードと、そこここで出会うのは当たり前といえば当たり前なのですが、

なぜか、特に「明暦の大火」なのです。

私自身が、「な〜んか、ひっかかる」と思っているので、とくに目についてしまうのでしょうか(笑)

江戸の町のほとんどずべてと、江戸城の天守閣まで燃やしてしまったという、この火事。

振袖うんぬんは、もちろん伝説でしょうが、「幕府放火説」なんていうものまであるくらい、不自然な点も多いようです。

実際に、江戸城の天守閣跡に立って、「江戸の町」の広さを想像してみたりすると、いったいどんな状況で、どんな経緯で、そんな風になったのか、気になってしまいます。

ネットでちょっと調べれば、いろいろな資料がでてきて、たくさんのことがすぐわかるのかもしれませんが、あえて、とことん調べません(笑)

そうやって簡単にわかってしまうより、自分で色々想像してみたり、予想してみたりする時間が結構好きなのかもしれません。

記録に残っていることが、「事実」とは限らないし。

そういう訳で、核心に触れるようなことはわざと調べないで謎のままにしてあったりするのですが、

先日「吉原弁財天」に行ってから、またちょっと火事が気になってしまって(※脚注)、少しネットを見ていたら、「消防博物館」なるものがあることを知り、「へえ〜どこにあるんだろう?」と場所を見たら、なんと!「四谷三丁目」。

なぜ「なんと!」かというと、たまたまそれを見た日の翌日に「四谷三丁目」に行く予定になっていたのです。

これでは、行かねばなるまい!(笑)

江戸時代の消火方法は「延焼をふせぐために周囲の家を壊す」だったということは知識として知っていましたが、ジオラマ模型や説明のビデオで、より具体的に理解することができました。

090605_1311~0001.jpg
歴代の消防車、ヘリコプターなど実物の展示もあり、男の子だったら狂喜乱舞の世界ではないでしょうか(笑)

私も、けっこう楽しくって、こんな写真まで撮ってしまいました・・・。

やっぱり、もうちょっと追求すべきなのか? 江戸の火事。
なんで気になってしまうんだろう?
私の前世 、明暦の大火で死んだ人だったりして・・・・

そういえば「江戸三十三観音巡礼」のことを書くのをサボっていますが、その後も月1ペースで2、3箇所づつまわっています。先月、19番東円寺(杉並区)を打ち終えたところ。

そのうちまた書きましょう・・・。

※脚注:
吉原弁財天の観音像は、関東大震災で亡くなった遊女の霊を供養するために建立された。大正時代のこの頃でも、遊郭は遊女が逃げられないよう周囲を高い塀で囲ったりなどしていた為、たくさんの遊女が逃げ遅れた。ここで供養されているのは、焼死した人ではなくて、廓の外に出られないため、火の熱さから逃れようと弁天池に飛び込んで溺死した人だという。それがよけいに哀しく感じてしまう。

消防博物館


ラベル:江戸
posted by HANA at 10:37| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月07日

浅草田圃

先日書いた「吉原」についてですが、


(台東区千束周辺に)『五差路が多い理由は、遊郭である吉原で、泊まり客の頭が北枕にならないように、町全体を斜めにずらした為だとか。』

というのが、あとでまた気になってきました。

「アド街ック天国」の番組の中では、碁盤の目のようになっている地図の一部分の、吉原の部分のだけを斜めにずらしたところをイメージ画像として見せていて、「ほお〜、なるほどね」とその時は思ったのですが、よく考えてみると「本当かね?」と疑問に思うのです。

友人のご主人様から先日いただいた(※脚注)「切絵図・現代図で歩く江戸東京散歩」という本でその周辺を見てみました。これは昔の地図と現代の地図を見開きで、比較しながら見ることができるようになっている優れものです。

090606_1911~0001.jpg
↑↑
見えづらいと思いますが、この地図の中心点よりやや右の灰色の四角が吉原(新吉原)です。(その右上の黄色の丸は東西南北を示すもの。右斜め上が北)緑色の部分が田圃、赤は神社仏閣、灰色は町屋、黄色が道路、水色が川。一番下の太い水色が大川(隅田川)。左下の黄色が多い一帯は浅草寺。

確かに東西南北のラインに対して斜めになってはいるのですが、吉原の周囲は全部田圃なので、アド街のイメージ図のように、「碁盤の目の街の、そこだけ斜めにずらした」、という感じではないのです。田圃の中にポンと廓を作っちゃったのだから、別に周囲の家や道路との向きなんて関係なかったはず。

それに「北枕を避ける」というなら、別に廓全体をずらさなくたって、どうにでも対処できそうなことだから、やっぱりこれって、後付の伝説のような気がしてしまいます・・・。

それにしても、この地図を眺めていて、あらためてこの辺て田圃ばっかりだったんだな〜と納得しました。

以前、酉の市について調べているとき、歌川広重の名所江戸百景「浅草田甫酉の町詣(あさくさたんぼとりのまちもうで)」という絵に出会いました。このとき「浅草田圃」という言葉に触れて「ふうん、浅草は田圃だったのか〜」と、なんとなく思ったものの、ピンときていなかったのですが、この地図を見れば納得がいきます。

asakusatanbo.jpg
この絵は、現代人が見ると「猫が窓から外を眺めている、のどかな可愛いらしい絵」くらいにしか思えませんが、実は色々な意味がこめられた、結構色っぽい場面なのだそうです。

『江戸東京歳時記をあるく』第50回:浅草鷲神社の酉の市(長沢利明氏)によれば、

『広重独特の実に凝った構図の一作品であるが、酉の市というテーマを屏風の陰に置かれたその小さな熊手カンザシのみで、ほぼ描き切っている。

これは新吉原の楼内のシーンで、熊手カンザシが客から遊女へ贈られたものであったろうことがすぐに推察され、包みを開いたまま放置されているそのさまや、かたわらに見える御事紙(おんことがみ)の束、格子窓の外に遠望される酉の市の人波、のんびりとそれを眺める猫の配置も、まことに心憎い。

取った客が帰った後、遊女が一息入れている少々乱れた部屋の雰囲気のリアリティも、見事である。そればかりではない。よく見れば窓に掛けられた口濯ぎ用の染手拭の柄は羽模様、窓の下の腰紙の図柄は吉原雀、屏風もまた鳥模様となっていて、これは酉の市にちなんだ鳥尽しの絵になっているのである。』




※脚注:
友人のご主人とは一度もお会いしたこともないのですが、友人と話していると、どうも私とご主人の趣味というか興味のポイントが似ているということがよくあるのです。たとえば建築家の藤森照信が好きとか〜。

それで、私が古地図が好きということも友人を介して伝わり、この本をいただいてしましました。この本は、ずっと前にブログ(2006年10月02日:「江戸城は波打ち際?」)にも紹介したことがあるのですが、その時は図書館で借りて見ただけだったのです。まさか後に、こんな形で手に入るとは思いませんでした。
めちゃくちゃ重宝しています(笑)K山さん、ありがとう♪
ラベル:江戸 地図
posted by HANA at 23:04| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

樋口一葉記念館から吉原へ

○月×日

所用のついでに、前々から行きたいと思っていた樋口一葉記念館(台東区)に寄ってみました。

「所用のついでに」というなら、このあたりには実は、しょっちゅう行っていて、立ち寄るチャンスはいくらでもあったのですが、なまじ「いつでもいける」と思うと、なかなか足が向かないものです。

そもそも「行ってみたい」と最初に思ったのは、もう何年も前で、一葉がお札になるもっと前のこと。お札になったのは平成16年だそうなので、もう5年以上前から、行けそうで行けない(行かない)場所だったのですが。

それを、何で突然に寄ってみる気になったのか、自分でも不思議。

平成18年にリニューアルされて、とても綺麗な建物でした。

平日の昼間に、どうせ誰もいないだろうと思ったら、展示室に入ってびっくり。こじんまりした部屋に、8人程の人が熱心に展示を見ていました。50代くらいのご婦人の2人連れ、あとは、もっと年配の女性や男性、それぞれ1人で来ているみたい。さっと展示物を眺めるのではなく、皆さん、1つ1つの説明を熟読していました。

自分も全部を見てから思ったのですが、あまり大きい施設で展示物も多岐に渡ってたくさんありすぎると、全部をじっくり見ていると時間がかかってしまうので、最初から全部を見ようとすることはあきらめて、ポイントのみをささっと見て歩く感じになるもののですが、ここの位の展示の分量だと、一回に見る量としては適量かもと思いました。

原稿や書簡などだけでなく、一葉がすんでいた場所の模型や、作品をイメージしたビジュアル的な展示があったりするので、とりわけ一葉に関心がなかったとしても、飽きずに楽しく見られると思います。

特に一葉家族が営んでいた荒物屋の模型は、店先の売り物のひとつひとつまできちんとできていて、かわいらしかった。

1Fの売店に、この模型を作られた三浦宏さんという方の本があり(『桶屋一代江戸を復元する』)、思わず買ってしまいそうになりました(笑)

とても有意義なひとときでした。
長年のペンディング事項がクリアできたという意味でも、なんだかスッキリ、よい気分。

・・・で終わればよかったのですが、調子にのって、「そうだ、ついでに見返り柳に行ってみよう」などと思ってしまったのは、ちょっと失敗でした。行くなら、ちゃんと地図を調べてから改めて行けばよかったのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「たけくらべ」(樋口一葉)  冒頭部分

廻れば大門の見返り柳いと長けれど、
お齒ぐろ溝に燈火うつる三階の騷ぎも手に取る如く、
明けくれなしの車の行來にはかり知られぬ全盛をうらなひて、
大音寺前と名は佛くさけれど、
さりとは陽氣の町と住みたる人の申き・・・



「大門(おおもん)」
吉原の門のこと。遊女はここから外に出られなかった。お寺の門などは「だいもん」と読むけど、吉原の門は「おおもん」。

「見返り柳」
吉原から帰る客たちが、名残を惜しんでここで振り返ったことからこの名がついたといわれる柳。現在もその場所に柳があるが、当時のものではない。

「お齒ぐろ溝(おはぐろどぶ)」
遊女たちの逃亡を防ぐために、吉原のまわりにめぐらせた溝。遊女がお歯黒を捨てるので水が黒く濁ったのでこの名前になったという説がある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なんとなく位置はわかっているつもりで、適当に歩いているうちに迷ってしまいました(笑;)

午後3時ごろの、ひとけのあまりない吉原(いわゆるソープランド街)。店の入り口の前には、用心棒みたいなの強面のおにいさん(なぜか皆、禿頭)が立っていて、場違いの私をじろりと見ます(汗;)

大門のところまでは行けたのですが、距離的にはたいしたことはないものの、この日は、そんなに歩くつもりで出かけていないので、ヒールのある靴を履いていて、途中から足が痛くてたまらなくなり、もう帰ろうと引き返し、スタート地点の三ノ輪駅にもどるつもりが、いつのまにか反対方向の浅草方面に向いていて、三ノ輪駅からかなり離れてしまっていました。結局浅草駅から帰りました。

(でも、途中で吉原神社と吉原弁財天には行けた。)

家に帰ってから思い出したのですが、あのあたりは「五差路」が多いとうことを以前「アド街ック天国」でやっていたのでしたっけ。

それで、道が放射線状になっているから、一本間違えると、どんどん違う方向へ行ってしまうのでした。

五差路が多い理由は、遊郭である吉原で、泊まり客の頭が北枕にならないように、町全体を斜めにずらした為だとか。

何でそのことを、歩いているときに思い出さなかったんだろう。バカ!
posted by HANA at 10:47| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

おるすばん阿修羅

現在、東京・上野の国立博物館で、
興福寺創建1300年記念「国宝 阿修羅展」が開催されている。

GW中に姑が見に行って、「すごく混んでいた。若い人が
多いのでびっくりした」と言ってた。

私は今回、見に行く予定はないのだが、阿修羅像といえば、
思い出すことがある。

20年以上前に、たまたま奈良・興福寺を訪れた際に、
阿修羅の模像を制作している場面に出くわした。

画像は、その時のスケッチ。(はがき大のスケッチブック)

asyura2.jpg
(1982年8月20日)


絵が小さくて、わかりづらいかもしれないが、要するに
ガラスケースの中、左側は本物の阿修羅像、右側は制作中の模造品。
制作風景ごと、公開していたのだ。

本物阿修羅の下に描かれている男性は、このプロジェクトの責任者かなにからしく、その時、関係者が見学にきていて、その人に対して説明をしていた。

その右に2人並んでいる女性の後姿が、私と友人。(当時20歳!)
像をみながら、便乗して、その説明を聞いていた。

右側に書かれた文字は下記のとおり(ママ写す)。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

・阿修羅像はこの興福寺宝物館の花形スターで
 あるため、拝観を中止することはできないので、
 このように、作業風景もろともガラス張りの特制
 ケース(3百数十万円の)で公開している。

・制作は3年計画だそうである。

・阿修羅像は「脱乾漆造」で粘土で形を
 つくり、それにうるしで布をはりつけたあと内の
 粘土は抜いてしまう。

・模造には、2通りあり、1つは原型を再現
 するもの。もう1つは、現状を忠実に模すもの
 である。

・この仕事は手間がかかり、根気のいる作業の
 わりには、もうけもなく全くたいへんな仕事らしい

 ガラスケースの中は暑いらしく、人の目にさらさ
 れながらの作業では 集中するのはむずかしい
 ことだろうし、ごくろうなことです。

・像の形をそこそこに似せることは、そう
 むつかしいことではないが、1200年以上
 もの昔につくられ、数々の災害をのりこえ
 て こうして立ち続けているこの像の
 もつ、何か を 表現するのは むつかしい
 ことだ、と 彼は言った。

模像だとて、ばかにしてはならないなと、
このことばをきいて思った。模像には
模像の魂があるにちがいない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


今頃、本物阿修羅が不在の興福寺宝物館には、
このとき作られていた偽物阿修羅像が、
おるすばんしているのだろうか。

★ところで、私の年代で、阿修羅といえば、
中学時代、少年ジャンプで連載していた光瀬龍原作・萩尾望都画の
「百億の昼と千億の夜」の阿修羅王ですね!
コミックス、いまでも時々読み返します(笑)

★これから国立博物館の阿修羅展に行かれる方へ
朝いちよりも夕方のほうがすいているみたいです。
携帯サイトで入場待ち時間がわかるようになっているそうです。
下記のサイトから。
http://www.asahi.com/ashura/
posted by HANA at 22:00| 旅行・イベント・おでかけ記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。