2012年06月17日

元素の歌、石のにおい

少し前まで、石(鉱物)のことについて、いろいろと調べていたせいか、Amazonさんから「世界一美しい元素図鑑」という本をオススメされてました。

↓こんな本です。
世界で一番美しい元素図鑑 [単行本] / セオドア・グレイ (著); 若林文高 (監修); ニック・マン (写真); 武井摩利 (翻訳); 創元社 (刊)
世界で一番美しい元素図鑑

ふーん、と気になりつつも、買うほどの興味まではなかったのですが、数日前に、新聞の広告欄にその本が載っているのをみかけました。

そこには
スマホかざすと<元素の歌>が流れ出す!
というコピーが添えられていました。

??

このコピーを読んで、みなさんは、どんなことを想像されたでしょうか?

そのあと私はこの本の出版元・創元社「元素図鑑」のサイトで、デモンストレーション映像を見て、どういうことかわかったのですが、つまり元素の名前を1つ1つ組み込んだ(というか、羅列した?)「元素の歌」なる曲があって、スマホ(スマートフォン)を「世界一美しい元素図鑑」の本に表紙にかざすとAR(拡張現実)技術によって、その歌をきくことができます、ということらしいのです。

♪アンチモン ヒ素 アルミニウム セレン
水素 酸素 窒素 レニウム
ニッケル ネオジウム ネプツニウム
ゲルマニウム 鉄 アメリシウム ルテニウム ・・・

こんな歌詞です(笑)
(→Youtube「元素の歌」

さて本題は、私が新聞広告の「スマホかざすと<元素の歌>が流れ出す!」を見たとき、とっさにどういうことを想像したのか、という話です。

じつは私は、1つ1つの元素の画像のところにスマホを当てると、それぞれの元素が歌を歌うのかと思ったんです(笑)

もちろん歌といっても、人間の言語ではなくて、元素にはそれぞれが発している微少な音というか電波みたいなものがあって、ピーーとか、キーーンとか、そんな音が聞けるのかしらん?わー、それは凄い、聞いてみたいものだ!って思ってしまったのです。

あとから思えば、バカみたいな発想で、自分で苦笑してしまいました。

そんなことをとっさに思ってしまったのは、最近出会ったこの、ちょっと変わった絵本のせいかもしれません。

すべてのひとに石がひつよう [ハードカバー] / バード・ベイラー (著); ピーター・パーナル (イラスト); 北山 耕平 (翻訳); 河出書房新社 (刊)

すべてのひとに石がひつよう

その本のあとがきで、訳者の北山耕平さんが、こんなことを書いています。

ひとりでいるときに、石を握っていると、石があたたまってくるについて、色々なことが映像として頭のなかに浮かんできます。石の記憶していることが、テレビの映像のように見えてくるのです。風の音も、聞こえます。瀧の音も聞こえてきます。冬の寒さも、夏の暑さも感じます。その石を手に持っているだけで、心はその石があった場所に飛んでいきます。そして石は自分の見てきた世界について話してくれます。石が何千年も見てきたことを全部教わるには、きっと長い年月がかかることでしょう。だから少しも飽きることがありません。

・・・

本当に、お気に入りの石にスマホをかざすと、石とお話できるアプリとかあればいいのに。
うーん。何を考えているんだろう、私は(^^)

石には、においもあるそうです。
絵本「すべてのひとに石がひつよう」の本文から引用。

・・・

石は 自分だけの
においを もっている。
においを かいだだけで
その石が
地球のなかから きたものか
海から きたものか
何百万年にもわたって
毎日 毎日
風と 太陽に さらされていた
山から きたものか
かぎわけてしまう
子供たちが いる。

大人たちには
そうしたことが
わからない。

かわいそうな 大人たち。

子供にはわかる においでも
大人には もう
それが わからない。


posted by HANA at 17:15| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月24日

自由は、命懸けのこと

去年のある日、何か用事があって某さんにメールしたら、用件とは別に「HANAさん、すぐNHKを見て!」というお返事。

家にいたので、慌ててテレビをつけたら、堀文子さんのドキュメンタリー番組をやっていた。
でも、私が見たときには、もうほとんど終了。

別に私は掘文子さんのファンというわけではなく、なぜ某さんが私に「見て!」とおっしゃったのか定かではないのだが、いろいろと共通の興味関心のある方なので、きっと「HANAさんが好きそう」と思って教えてくれたのだっただろう。

確かにその番組終盤の数分を見ただけで私は、面白そう、全部見たかった、残念!と思ったので、NHKのサイトの再放送お知らせ機能にその番組を登録して待つことにした。

そして、私にとって堀文子さんといえば、柳澤桂子著「生きて死ぬ智慧 心訳・般若心経」の挿絵の人、という認識だったので、本棚から久々にその本を引っ張り出してみた。

だいたいこの本を買ったのも、柳澤桂子さんのドキュメンタリー(NHK)を見て、いたく感動したからだった。私は「柳澤さんの本で堀さんが挿絵」と勝手に思いこんでいたが、改めて見てみると、「共著」ともいえる扱いであった。

・・・

それから数ヵ月後、再放送があり、最初から全部番組を見た。
ヒューマンドキュメンタリー「画家・堀文子 93歳の決意」

いやはや、なんともカッコイイこと!

特定の画風にしばられず、地位や名誉なんて関係なし、その時々の自分の興味や想いのままに、思うままに、美を追求する。

バブル期の日本に嫌気がさし70歳を超えてから単身イタリアに移住。82歳のときには、幻のブルーポピーという花を求めてヒマラヤに登ったりと、やることがいちいちユニークかつパワフル。

最近、「堀文子の言葉 ひとりで生きる」という本をゲットした。
(実は義弟の勤務する出版社の本だったので、おねだりしてしまった;)

これは掘文子語録なのであるが、本人は自分の言葉をこのような本にまとめられることを強く拒まれたそうだ。そこをなんとか、と拝み倒して了承をもらったと編集後記がある。

「自由は、命懸けのこと」

この言葉には、とても共感する。

「完全に自由であることは不可能ですけれど、私は自由であることに命を懸けようと思ったことは確かです。自由というのは、人の法則に頼らず、しかしワガママ勝手に生きることでもなく、自分の欲望を犠牲にしないと、本当の自由はやってきません。ですから、命と取替えっこぐらいに大変なことなのです。」


・・・

それから、今年五十歳になる私が、とても励まされたのが次の言葉。

「私は、人生の折り返し地点は五十歳。そこからは、残る時間を人にゆずらず自分の決めた目的に向かって進むしかないと思いました。」

「五十歳ならまだ、まったく別の専門家になれるくらいの体力と判断力もあります。ですから五十歳からあとは、迷ったり、あたりに気を散らすことなどもう許されないと考え、五十からあとの新しい暮らしに踏み切りました。」

確かに「折り返し地点」という気はしている。
でも、気力、体力の衰えに戸惑うばかりで弱気になりがちだった私は、「まだまったく別の専門家になれる」という、人生の大先輩の言葉に、非常に勇気付けられた。

そうそう。まだまだ、なんだってできる。
自分がそれを望めば。

どうでもいいことだけど、私ももう少し年齢を重ねたら、自分のことを「あたくし」って言って似合う人になりたいなあ。無理かなあ・・・?

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(某さん、ありがとうございました)
posted by HANA at 19:58| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月14日

おはよう

とても大切なことを思い出した。

思い出そうとしても思い出せないくらい、
月日とともに遠ざかってしまっていたこと。

わかりたいと思って、
どこかに答えがあるような気がして、

本を読んだり、ネットをさまよったり、
すればするほど、ますますわからなくなっていった。

見当違いのところをぐるぐるまわっていた。

でも、そのヒントは、隠されていたわけではなくて、
いつでも自分が目にすることの出来る場所にさらされていた。

つまり、なんと・・・

自分が昔作ったサイトの中に、自分の言葉で、はっきりと、
書いてあったのだった。

それを見つけて、愕然とした

パカーンとなにかがはじけた

まるで青い鳥

16年前。そうだ。あの時も、

見失いそうになっていた自分をとりもどせたのは、
そのことのおかげだった。

そこから道が開けた。

今度もそれは、私を、本来あるべき道に、
軌道修正してくれるのかもしれない。

大丈夫。

もう、うろうろしない。
ぐらぐらしない。

本当は最初から全部わかっていた。

ちゃんとわかっていたんだ。

言葉に出来ないことを言葉に託して
ヒントを自分で用意していた

このときのために?


還っていく・・・

本当の自分に

目を覚ます

そしてまた、いつかの日の為に、
これをここに書き記しておこう

何度でも 目を覚ます

おはよう

新しい世界で

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(ヒントをみつけるきっかけを作ってくれた方に感謝!)

posted by HANA at 10:35| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月28日

Didier Merah

久々の更新です。
しばらく使っていなかったら、ブログの投稿画面がリニューアルされて全然変わってしまっていました(^^)
いろいろ便利になっている。うれしいな♪

最近たまに見に行くサイトに貼り付けてあったブログパーツの曲が素敵だったので、私もパーツをいただいてきました。

左上のブルーのボタンをクリックすると曲の再生が始まります。
曲名「Blessing of the Eden」。
「Didier Merah」というのが演奏しているアーチストの名前で、読み方は「ディディエ・メラ」。私が知らなかっただけで、結構有名な人なんだろうか?
プロフィール等は公式サイトに。このブログパーツもそちらにあります。他の曲やアルバムもiTunes Storeで手に入ります。
http://www.didier-merah.jp/

なんか、こーーーーう・・・・
忘れかけていた懐かしいものを思い出すようなピアノの音色。
こころが落ち着きます。

posted by HANA at 13:13| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

2011総括

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「あるがままに生きよう」とか「そのままの君でいい」とか、言葉の上では、そのとおり!と、納得したつもりで生きてきたけど、今年はさらにさらに、その意味を実感というか体感というか、腑に落ちた気がする年でした。

「わかった」つもりでいることも、たまねぎの皮をむくみたいに、もう1枚、さらにもう1枚、「その先」があるんだなあ。

「ちゃんとしなくちゃ」とか「しっかりしなくちゃ」とか「人の役にたちたい」とか「人様に迷惑かけたくない」とか、そんなことに神経をすり減らすことはないんだ。

私は私で、ここにいる、ただそれだけでいい、それだけのこと。

なんにもできない、ダメな自分でも、いいんだ。

足りないものなんてないんだ。

こんなにも満ちている・・・。

もちろん、努力しなくていいということではないし、向上心をなくしてはいけない。

でも、がんばらないとダメとか、人に認められないとダメとか、そういう、人と比べてどうこうじゃなくて、最初から、全部、ここに、ある。

こんなにも、こんなにも、護られて、愛されて、

奇跡のようなバランスの中で、「なんでもない1日」がはじまって、おわる。

What a Wonderful World!

なんという、幸福でしょう!

今年1年に出会った、すべての人、すべての事に、感謝。

ありがとう。ありがとう。

ありがとうございました!



posted by HANA at 11:21| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月13日

哀しい習性

先日、某イベントで、ポラロイドカメラで写真を撮ってもらった。
仲間と4人と一緒に。つまり総勢5人。

もらった写真を見て、あらら、と思ったのは、
私ときたら、なぜか意味も無く、中腰になっている。

5人だから、横に並んでも、後ろの人やモノが映らないとか
そういう状況ではない。
みんなは普通に立ってるのに、自分だけ中腰。変!

どうやらこれは、身に染み付いた習性らしい。

私は背が低い(154cm)ので、団体で写真を撮る時、2列や3列に
分かれるときは、前列に並ばされることが多い。

しかし、いくら背が低いと言ったって、後列の人と30cmも違う
わけではないので、後ろの人の顔が見えるように、
座らされるか、中腰の体制をとらされる。

そういう過去の体験が、体に染み付いているのだ。
だから、どうも、何人かで並んで写真を撮ると、
無意識のうちに中腰になってしまうようなのだった。

ところで、この、中腰っていうのが、結構つらいのよね。

旅行の集合写真なんかで、プロの人に撮ってもらう時など、
「あー、3列目の青い服の方、もうちょっと左へずれてもらえますか?」
とかなんとか調整している間も、ずっと中腰をやらされていると、
足がぷるぷる震えてくる(笑)

あと、あまり写りたくないような時でも、有無を言わさず最前列に
なってしまったりして、いやだったりする。

もしかして、背の高い人からすれば、
「いつも後列に並ばされて不公平だ」と思っているのかもしれない。

何事も、一長一短ありますな・・・。


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posted by HANA at 19:51| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

1ヵ月後のチビとら

8月のはじめにブログに写真を載せたドラセナ(トラノオ)の新芽が、
1ヶ月でこんなに大きくなりました。

左:8月4日撮影 右:9月6日撮影
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白い斑模様もキリっと力強い。
ここの環境が合ってたのかな?
それまで瀕死の状態だったとは思えない元気さです(^^)

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posted by HANA at 20:28| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月13日

娯楽としての語学

高校の時、ドイツ(語)にハマった、という話を書きましたが、
それじゃ、ドイツ語が少しでもわかるのかというと、ぜんぜん!!

短大に入って、第二外国語にドイツ語を選択したのだけれども、
ドイツ語の先生が嫌いで、勉強する気がなくなりました。
どうでもよくなって、単位落としたような気がします(笑)

NHKの語学番組を見るのはいまだに好きです。
真剣に勉強はしないけれども、娯楽番組を見るノリ。
やっぱり、出ている人が好きだったりすると、続けて見る。

下手なバラエティ番組よりよっぽど面白いもの。
(だって、いまの民放テレビ番組って、しょせんCMを見せる
ための時間つなぎでしょ?)

最近で一番ハマったのは、4・5年前くらいの中国語講座。
生徒役のタレントが金子貴俊さんだった時。
毎回録画もして、テキストも全期間買いました。

金子さんのファンだから見ていたというわけではない。
サブ出演者の中国人男性は王子様のようなイケメンだったので、
彼のファンは多かったのではないかと思うけど、私はそれでもなくて、
女の子のほうが好きで、番組を見るようになりました。
(そのくせ名前も覚えてないのだけど)

講師の先生(女性)は、現在も出ておられる方。
最近見たら、スリムになって垢抜けた感じ。お綺麗になられました。

・・・まあ、そういう感じで、語学番組は私にとっては
娯楽番組なのでした。

それとは別に、

海外旅行に行くときは、いちおうその国の言葉を少し勉強します。
結局、ほとんど使う機会がなく終わってしまうのだけど、それでも、
勉強するのとしないのとでは、気持ちが違ってきます。
1コの単語でも聞き取れたら、なんだかうれしい。

本やCDを買って、それなりに勉強したのはインドネシア語、韓国語。

◆インドネシア語で覚えている言葉(好きな言葉)

テリマカシー = ありがとう
サマサマ = どういたしまして(お互い様)

◆韓国語

メクチュ イッソヨ = ビールありますか?  

(笑)

そうそう、ベトナム語は、一応トライしたけど、全くお手上げでした。
単語のひとつも覚えられませんでした。

フランス語ばっかりは、最初から勉強する気なかった。
語感があんまり好きじゃないので、興味わかなかった。

いずれにせよ、コミュニケーション手段としての外国語はひとつも
身につかないのですが、いっとき、楽しければ、それでいいじゃん!
という感じでしょうか。本当に、娯楽の範疇。

「コミュニケーション手段」ということで言えば、

ニホンゴ イチパン ムツカシデスネ ・・・(~_~;)

posted by HANA at 12:46| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月08日

何が人生を変えるか

ふと思い出したこと。

高校のとき、好きなマンガの影響でドイツにハマっていて、
NHKのドイツ語講座を見ていた。

当時、先生は小塩節さん。のちにフェリス女学院の理事長になられた。
あとアシスタントの女性(アナウンサー?)とドイツ人の男性が出ていた。

ドイツ人の男性は、いかにもドイツ人らしいキリっとカッコイイ人だったけど、
私はふくよかでいつもニコニコやさしそうな小塩先生のファンになった。

そんな風に、「ドイツをしっかり勉強するぞ!」というよりは、
娯楽番組を見るようなノリで楽しくドイツ語講座を見ていたのだが、

「ドイツ語講座」の次の時間帯は「大学講座」とかいう番組だった。
10時とか11時とか、結構遅い時間だった気がする。

ドイツ語を見終わって、そのままテレビつけっぱなしにしていると、
なんとなく次の番組が流れているという感じだった。

毎週だったのかはわからないが、その大学講座で、金田一春彦先生が
日本語についての講義をされていた。

それが、すんごく面白くて、いつのまにかドイツ語よりそっちにハマった。

高校2年のその頃は、進路を選択する時期だった。
3年になると、進路によって選択する科目が違ってくるのだったと思う。

私はその時点では、大学進学ではなく、デザイン系の専門学校に
行きたいと思っていた。

でも、金田一先生のお話を聞いているうちに、「日本語って面白い!」
と思ってしまった。言語としての日本語そのものというよりは、
日本の文化、歴史、伝統、風習、民俗学的なことの流れのなかでの、
「ことば」について・・・。

面白くって、楽しくって、わくわくした。

そこらへんのことを、もっと学んでみたいという気持ちがむらむらと
おきてしまった。

そして、すでに提出してあった、3年での科目選択についての書類を、
先生のところに「取り返しに」行って、提出しなおし、大学進学のほうへ
梶を切り替えたのだった。

もちろん、日本や日本語に対する興味は、その時はじめて芽生えた
訳ではなくて、そもそも私は国語だけが唯一の得意科目だったし、
小学生から松本清張の「Dの複合」みたいな古代史や民俗学をからめた
推理小説が好きだった。

当時(高校当時)、江戸川乱歩賞を受賞した井沢元彦の「猿丸幻視行」
なんかも、めちゃくちゃツボだった。
(SFの要素もある推理小説で、主人公がタイムスリップして、
若き日の折口信夫となって、和歌に秘められた暗号を解く、みたいな話)

小学校中学校にかけて、書道、茶道、華道という和の習い事をしていた
ことも影響あるかもしれない。
幼い頃から、「日本の伝統文化」に魅かれていたのだった。

それなのに『国語なんか勉強したって、将来の仕事に役に立ちそうもない』
『それよりは「手に職」つけておいたほうがいいだろう』、
なんて実用的なことを考えて、専門学校に一旦は決めたのだと思う。

でも、金田一先生の講義で、ピキーン!と何かが私の頭の中ではじけた
のだった。

やっぱり、好きなことやろう!

そのとき、本当にそういうふうに思ったのか、いまとなってはよく
わからないので、あとからこじつけた脚色も多少あるかもしれないが、
あのときの、興奮した感覚、鼻息荒く職員室に乗り込んで行った時の
気分は、忘れてはいない。

(美術も「好きなこと」ではあったのだけど、専門学校を選んだのは、
あくまでも「仕事としてのデザイン」を身に着ける目的だったと思う)

結局、四年制大学の受験には失敗しまくり、試験科目が国語と英語だけ
(だったと思う。もしかしたら国語だけだったのかも)の短大に
なんとかもぐりこんだ。

2年間短大で学んだ「国語」が、その後の私の人生に役に立ったか、
というと何も役に立っていないのだが、私は、あの選択でよかった、
あの時、自分の心の声(そこに導いてくれた天の声)にしたがって
良かった、と思っている。

結局私は「将来役に立ちそうな技術」を正式に(学校などで)身に着ける
ことなしに、なんとかうまく人生を乗り切ってこられている。

いつも、大事な局面で「好きなもの」が私を導いてくれる。

それは確かなのだった。

進路選択も、最後の一押しは金田一先生だったけど、そこにたどりつくのに、
「好きなマンガ」「好きなドイツ語の先生」が、道しるべとなった。

人生には、そんな風な道しるべがあちこちに、ちりばめられているのだと思う。

あんまりにも些細なことだったり、直接は関係なさそうに見えて、
スルーしちゃいそうになるときもある。

でも、「あ、なんか、これ、好きかも」

その小さなときめきを大切に、パンくずを拾うように、1つ1つ
つないでいったら、素敵なところにたどりつけるはず・・・。



posted by HANA at 13:17| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月25日

あるがままに

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誰かの役に立つ自分になれなくても、
ダメな自分が情けなくても、

何もできないということも、
助けを必要とする存在であるということも、

全体のバランスのなかでは
それが、むしろ1つの貢献なのかもしれない

いまここで

ただ、あるがままに

このままで、大丈夫


こんなにも 
まもられているのだから・・・


posted by HANA at 17:47| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月17日

ちからをください

言いたくないけど・・・暑い〜〜。

ただでさえ、ぐうたらダメダメ人間の私は、
こんな暑さの中では、もうあきまへん。機能停止状態。

節電で冷房を我慢してるわけではありません。
熱帯夜には耐えられないので、エアコンつけて寝ています。
でも、このエアコンがまた曲者ですね。

涼しくて眠れるのはいいんだけど、これが毎日続いたら、
肩や首が凝ってきて、体の調子がおかしくなってきました。
変に不自然な冷え方をしてしまうんでしょう。

胃腸の調子もおかしくなってきました。
そして、ぜんぜん食欲がないくせに、妙に脂っこいものが
食べてみたくなったり、おなかが下ってるのに冷たいビールや
アイスコーヒーを飲みたくなったり、
完全に体が狂ってることがわかります。

あーー、だるいよう。

ほんとは、あれもやりたい、これもやりたい。

体が動かない。

焦りが募っていきます。

はあ・・・

こんなことじゃ、いかんぜよ。



ちからをください どうぞちからをください
大切な人を護るため もっともっともっともっともっと
ちからをください

大切な笑顔があります
大切な心があります
大切な未来があります
大切な夢があります
小さなこの手であなたを支え
自分を支えるささやかな

ちからをください どうぞちからをください
大切な人を護るため もっともっともっともっともっと
ちからをください

護りたい生命があります
護りたい町があります
護りたい約束があります
護りたい全てのことを
悲しいこの手で抱きしめながら
あなたの笑顔を護るため

ちからをください どうぞちからをください
大切な人を護るため もっともっともっともっともっと
ちからをください

もっともっともっともっともっと
ちからをください

posted by HANA at 13:07| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月16日

壺中天

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近所の公園の松葉牡丹です。
アップで撮っているので、大きな花に見えるかもしれませんが、
実物は3センチ程度の小さな花です。

よく見ると花弁の中に、黄色の花粉の中から
もうひとつ花のようなものが飛び出しています。
おしべなのかな?

小さな花の中に、もうひとつの世界。

昔はマツバボタンってもっと地味な花だったけど、
今は品種改良で、いろんな色や形があって派手なんですね。

子供の頃、母が庭で育てていたマツバボタンを
父が雑草と思って全部抜いてしまい、母に怒られていました。
そしてその話をいまだに母は恨みがましく父に言うので、
笑ってしまいます。よほど悔しかったんでしょう(笑)

ひとつの花にもいろんな思い出やエピソードがあります。


posted by HANA at 11:37| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月13日

器用貧乏

「器用貧乏」という言葉がある。自分て、それだなあと思う。

辞書によれば、
「何事も一応はうまくできるために一事に徹底できず、かえって大成しないこと。また、そのような人。」

「器用」というのは、実際にそれが上手にできるというよりも、一見上手にできているように見せかけるのがうまいというか、ごまかしが上手いってこと。私の場合。

自分が持っている自分のイメージとしては、「自分は何もできない。頭も悪い、運動もダメ、音楽もダメ、人付き合いも苦手、怠け者」であり、実際そうであることは自分が一番よくわかっている。

しかし、他人から見た自分の評価を見聞きすると(もちろんお世辞もあるだろうが)、そうではなかったりするので、「え?」とびっくりすること多々あり。

先日も、VOJAフェス(BCSCとして私が出演したゴスペルコンサート)を見に来てくれたボランティア仲間の一人が、後日感想として言った言葉に驚いた。

「HANAさんて、運動が得意な人かと思っていたら、音楽もできるのね。リズム感がいいわね。堂々と楽しそうに歌っていたわ」(とかなんとか)

驚いたのは、音楽に対する評価のところももちろんなのだが、この方が私のことを「運動が得意な人」と思っていたという部分だ。

確かに私はここ数年、歩き遍路やマラソンにチャレンジしたりしているので、そういう話だけを聞けば、もともと体を動かすことが好きな人間なのだと思われてもしかたないのかもしれない。

でも、私は決して、運動が好きだからそういうことをやっているわけではない。
むしろ反対で、動くの嫌い。家にひきこもって、じっとしているのが一番好き(笑)
しかし、それじゃいかん、という克己心から、苦手なことにあえて、チャレンジする。
「得意」な訳じゃない。

ゴスペルだって、実を言うと、人様にお聞かせできるような歌を私は歌えているとは思えないのだが、与えられたチャンスと条件と、状況設定によって、なぜかそんな風に(堂々とノリノリで楽しく歌っているように)見えてしまうらしいのだ。

楽しいのは確かなのだけれど、半分くらいはヤケクソのところがある。
ヤケクソというと言葉は悪いのだが、「上手く歌おうなんて思ったってムリなんだから、こうなったら開き直って楽しむしかないぜ!」みたいな感じだ。

ボランティアでは音訳(朗読)をやっている。これも10年以上になる。それなりに読むことはできるが、決して上手いとはいえないし、最近は向上心もなく、淡々と、ただ「そつなくこなす」感じでやっている感じになってしまっている。いかんなあと思う。

今までやったことのある習い事もすべてそう。仕事もそう。
そんなに必死に努力しなくても、なんとなくこなせてしまうから努力を怠る。
本当はちゃんとできていないのに、できているように見せかけてしまえる。
そうやって、今までの人生をなんとか乗り切れてしまっている。

幸せと言えば、こんなに幸せな人はいないのかも(笑)

でも

「一事に徹底できず、かえって大成しない」

まったくそのとおりで・・・。

なーんか、いつもモヤモヤしているんだよねえ。

「○○一筋」とか「△△と言えばこの人」みたいな人がうらやましい。

こんな悩みは贅沢でしょうか(笑)


posted by HANA at 17:27| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月04日

小虎のしっぽ

うちのドラセナ(トラノオ)ちゃん。
一時期、枯れかけて、しおれてしまい、
1本の葉だけになってしまっていたのだが、
置き場所を変えたら、元気になってきた。

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いつのまにか、ちびっ子の株ができていた!
ミニチュアって感じ、かわゆ〜〜。

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posted by HANA at 18:05| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

What a wonderful world!

611。震災から3ヶ月。雨。静かに祈る。

地震は大自然が起こす、防ぎようがない災害。
でも、その後の対応や、原発事故とその影響により、
次々と明るみに出た「問題」の数々は、

「起きた」というよりは、もともとあったのに、
気づきにくいように、うまく隠されていたものが、
まさに「明るみに出た」という感じがする。

「問題」が問題なのは、それが問題と認識されていない時だ。
何が「問題」なのか?
「問題」があることにすら気づいていなければ、
解決のしようがない。解決の必要性すら感じない。

そういう意味では、目の前に、
「これ、もう、いったいどうやって解決したらいいの?」と
途方にくれるような問題の数々があるということは、
いろんなことが「良くなっていく」ことの第一歩なのだろう。
(と、思いたい;)

世界は刻々と生まれ変わっていく。

みんなが胸に思い描いた方向へ・・・。

だから、今、かみしめる。
なんて素晴らしいこの世界!

Yes, I think to myself,
What a wonderful world !



I see trees of green,
red roses too.
I see them bloom,
for me and you.
And I think to myself,
what a wonderful world.

I see skies of blue,
And clouds of white.
The bright blessed day,
The dark sacred night.
And I think to myself,
What a wonderful world.

The colors of the rainbow,
So pretty in the sky.
Are also on the faces,
Of people going by,
I see friends shaking hands.
Saying, "How do you do?"
They're really saying,
"I love you".

I hear babies cry,
I watch them grow,
They'll learn much more,
Than I'll ever know.
And I think to myself,
What a wonderful world.

Yes, I think to myself,
What a wonderful world.

Oh yeah.

posted by HANA at 10:24| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月10日

Channel of peace

憎しみのあるところに 愛を

争いのあるところに 赦しを

分裂のあるところに 一致を

誤りのあるところに 真実を

疑いのあるところに 信頼を

絶望のあるところに 希望を

悲しみのあるところに 喜びを

闇のあるところに を 

もたらすことができますように・・・

〜Prayer of St Francis of Assisi〜


Make me a channel of your peace
(Susan Boyle)




posted by HANA at 17:55| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

強くなりたい。

強くなりたい。

たいせつな人を守るために

このすばらしい
世界を守るために・・・

「どんなときも どんなときも
迷い探し続ける日々が
答えになること 僕は知ってるから」

posted by HANA at 11:56| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

Win-Win

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ゲームにはルールがある

将棋のルールでオセロはできないし
野球のルールでサッカーはできない

まして将棋のルールではサッカーに勝てない

人生にもルールがある

その人だけに通用するルールがあって
それに従って人生を楽しむのだろう

だから人と戦っても勝ち負けは決まらない

そもそもルールが違うのだから・・・

私の人生では私が勝ち
あなたの人生ではあなたが勝ち

大事なことは自分なりのルールの中で
いかにして最大限にこの世を楽しむかだ


・・・

長いことブログをサボっていたと思ったら、
突然こんなわけのわからないこと書きはじめて
ごめんなさい。

なんか、突然、降ってきました(笑)

posted by HANA at 09:48| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

Lean on me(頼ってくれてもかまへんで)

この歌は、昨年12月に私が参加した
BCSC(ブレスト・キャンサー・サバイバーズ・コーラス)で
歌った曲です。

「Lean on me」とは、「私によりかかって」「頼りにして」
というような意味かと思います。

大震災から1週間。
日本中の誰もがしんどい思いをしている今、
お互いに、こんな風に声をかけあえたら、いいなと思います。

Lean on me (Bill Withers)


自分自身が弱っていると感じる時は私を頼ってほしい
あなたの友達になって
あなたがこれからも生き抜いていくための力になるよ
ほんの少しの間
誰にだって、頼れる誰かが必要だから

Lean On Me 歌詞・和訳
golden blueさんの「音楽と人生に関する一考察」より
http://goldenblue.blog72.fc2.com/blog-entry-308.html

【関西弁版】

頼ってくれてもかまへんで。
心が折れそうなとき
僕がおるやんか。
がんばれ、ってなんぼでもゆーたるわ。
ほんのちょっとの弱音もかまへんやん。
誰にでも頼れる誰かが必要なんやで。

golden blueさんの「日々の糧と回心の契機」より
http://goldenblue67.blog106.fc2.com/blog-entry-152.html


posted by HANA at 18:18| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

【地震と障害者】情報

こちらも、ぜひご一読ください。
また、必要とされている方に伝えてください。

◆障害者からのお願い「大地震(災害)の時助けてください!」
(の〜まらいふ杉並)
http://normalife.city.suginami.tokyo.jp/suginamisypher/www/service/detail.jsp?id=604


◆自閉症の方やそのご家族の方向けの防災ハンドブック
(日本自閉症協会資料)
http://www.autism.or.jp/bousai/bousai-hb-honninkazoku.pdf

posted by HANA at 09:17| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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