去年行ったときは、ショボショボと雨が降っている時だったせいもあって、映画「ブレードランナー」みたい、と思った。ストーリーなんて全く覚えていないんだけど、いつも雨降りでごみごみして薄汚いへんてこりんな近未来の都市の様子がやけに印象に残る、妙な映画だ。ビジュアル的にはちっとも似ていないのかもしてないけど、イメージとしてはその時の佃島は、そんな感じだったのだ。不安をかきたてるような、けだるい哀愁・・・。
今年の夏に行ったときの私は、そびえたつ高層ビル群ではなくて、足元に在る下町の風景の方に違和感を覚えた。「下町の風景」と「高層マンション群」というミスマッチな感じ、対照的なもの、という感じは相変わらずなのだが、そのどちらを「現実的」で、どちらを「非現実的」と感じるかが、変化していた。
高層ビル群を「まるでSF映画みたい」と思うのではなく、下町の風景のほうを、最近よく駅ビルの地下などにある、昭和レトロな町並みを模したレストラン街のように、わざわざ古めかしくこしらえた「作り物の風景」であるかのように感じてしまったのだった。
そこで思い出すのは、大島弓子「四月怪談」に登場する、心優しき幽霊さんのセリフ。
(子供の頃遊んだレンゲ畑がなくなり、団地の建設予定地になっているのを見て落ち込んだ主人公に向かって)
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キミの住んでる街の駅ふきんはさ
ボクが生きてるころ(この人は100年くらい前の人物の幽霊)
それはきれいな 小川のある森だったんだよ
でもさ それを知っているボクが今
駅ビルや自転車置き場をみると 少し切なくなるけど
キミらにとっては
生まれたときからあそこにある駅ビルや自転車置き場が
やっぱり いとしいものになってるんじゃないかな?
ねえ 事を逆にして考えてごらん 今 急に
駅ふきんが原っぱになったとしたら
きっと キミは なき自転車置き場をいたむよね
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私は高層ビル群と、黒い下町の風景、どっちをいたむのだろうか?
もしかしたら、下町の風景の向こうに高層ビル群が立ち並ぶ、
この一見ミスマッチなものが1つのフレームの中におさまる風景こそが、
いまの時代の風景なのかも。
ブレードランナーの原作
| アンドロイドは電気羊の夢を見るか? 浅倉 久志、フィリップ・K・ディック 他 (1977/03) 早川書房 |