
私は方向音痴だし、地図を読み解く能力がないし、距離の感覚もよくわからない。例えば「この道を100メートル位進んだ左側」などと説明されても100メートルがどれくらいかピンとこない。
そんな訳で、いくら前もって綿密に地図を見て計画をたてていても、地図上の目的地と、今自分が歩いている場所との距離感を識できないまま、とにかく歩くしかない。
一人で歩き遍路をしていると、ときどき道連れができて、しばらくの間一緒に歩いたりすることもある。
そういう時、相手の人が「次の札所は、あの山の上のあのへんだろう」などと指差すと「えええ〜〜!!!!」と私はびっくりしてしまうのだった。
地図でみれば、あと○Kmとなっていて、過去の経験上その数字は歩けない距離ではない。
しかしその、とてつもなく遠く、とてつもなく高いところにあるように見える場所に自分が行けるなどとは、とうてい思えないのだった。
私はウォーキングや山登りが好きでお遍路しているわけではなく、そもそも「札所(お寺)を回りたい」ということのみがモチベーションなので、もし札所というチェックポイントなしに、ただ「あの山に登れ」と言われたって、私には登れない。頼まれたっていやだ。
でも、とにかく八十八ヶ所のお寺を全部クリアすること、という明確な目的があるからこそ、どんな山でも、階段でも、雨が降ろうが風が吹こうが、歩くしかない。パスしたら、やっている意味がないのだから。覚悟はすでにできている。
そして、一歩一歩歩いていれば、思っていたよりは早く「とてつもなく遠い」かのように見えた山は近づいていて、なんとか越えることができてしまうから、本当に不思議なのだった。
写真:四国霊場第88番・大窪寺へ向う女体山越えの道。ロッククライミングみたいな、すごい場所もあった(@_@)!2007.4.19撮影