2007年04月06日

100年後の誰かのために

若い頃は、なんとなく、世の中を動かしているのは、一握りのリーダーシップを持った人、歴史に残るような偉い人たちたちなんだと思っていたようだ。

でも、年齢と経験を重ねるうち、そうではないということがわかってきた。教科書に載るような一部のヒーローやヒロインが社会を変えたのではない。その裏には、無名の普通の人の汗と涙と努力がある。確かにその代表者としてヒーローは名を残すが、その人一人きりでできることなどない。その人に影響を与えた人、その人を応援した人、支えた人、ともに歩んだ人もたくさんいる。それは本当にごく普通の一般人なのだ。だが、誰が一人欠けても、そのことは成し得なかっただろう。

例えば、日本で女性の社会的地位が(婦人参政権が)認められたのは、ほんの100年ほど前のことだ。
100年前の誰かが、立ち上がって、努力してくれたお陰で、今の私たちの暮らしがある。

政治のこと、難しいことはよくわからないけど、苦労してこれを勝ち取ってくれた有名無名のたくさんの人々のことを考えたら、この一票を無駄にしては申し訳ないと、思うようになり、選挙には必ず行くようになった。

特定の政党や人物を応援しているわけではないし、正直、誰に投票すればいいのか全く見当もつかないこともある。でも、少なくとも「この人だけは絶対×」というのはあるので、それ以外の人に入れることで、間接的に意思表示することになるのではないかと思っている。

先日見た、映画「六ヶ所村ラプソディ」の中の、こんな言葉も胸に響いた。
(ここで言っているのは、核施設に賛成か反対かの話だけど、他のあらゆる問題に置き換えられると思う)

「中立は楽だよね。だって、賛成していないと思っているから」

「なんで私が、中立から心配派に変わったかっていうと、
中立っていうのはね、いい言葉なんだけど、中立っていうことは
賛成と同じなんだよ。だって、反対って言わないし、行動もしないし、
ただ見てるだけ。見てるってことは容認してるってことで、
賛成派なんだよ(と、ある人に言われたから)」

自分の意思表示が、100年後の誰かを幸せにするかもしれない、不幸せにするかもしれない。

世界を変えるのは、自分。
posted by HANA at 14:41 | TrackBack(0) | マインド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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