2012年10月04日

シメタ?


・・・ 引用文 ・・・

これは一般的にいえることなのだが、まだそのほとんどが未解明なものをゼロがから解き明かしていく場合、大切なのは、誤りを犯さなかったり、不十分さを含まないことではない。

たとえ解明の途上でいくらかの誤りを犯し、多少の不十分さを含んだとしても、まずはその全体像を大きく把握すべきなのである。

その全体像を踏まえつつ、そのものに関する一つ一つの現象を分析し、相互の関係を明らかにし、各々の全体的な位置づけを確認していく。そして、それらの現象を全体的にそって組み合わせていき、徐々にその実体(現象をもたらすものの実体)を構造的に明らかにしていく。

さらには、その実体にかかわる重要な特性を絞り込んでいき、ついには、その本質的な構造においてとらえ直す。

このような手順において、未解明なものに対して、直接、正面から果敢に肉薄していくこと、これこそが大切なのである。

その途上で、自分の誤りや不十分さ、あるいは、矛盾点に気づいた場合には、それこそ「シメタ!」と思って喜ぶべきである。

なぜなら、そういう誤りや不十分さ、あるいは、矛盾点は、自分の認識が真理(事実)に近づくための絶好の糸口なのだから。

なぜ誤ったのか?なぜ不十分だったのか?なぜ矛盾しているのか? それらの原因を正面から、真摯に、徹底的に究明すること。

そして、究明できたその原因に納得がいったら、素直に、喜んで、大胆に自分の誤りや不十分さを修正していく。

そのような試行錯誤を繰り返しながら、孜々として取り組みつづけ、少しでも自分の認識を真理(事実)に近づけていく。

こういう本当の意味での学問的(愛知的)な取り組みを継続していくことこそが、何よりも大切なのである。

〜 朗読の理論(東 百道) P.24 より 〜

・・・・

誤りや不十分さに自分で気づいてない時よりはマシ、ということだろうか。。。(^^;)

posted by HANA at 18:05| 日常・雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。