健康のために玄米が良いらしいということはわかっていても、玄米には「おいしくない」「炊くのが面倒」というイメージが強く、尻込みしてしまう人も多いと思う。
私もそうだった。
いくら体に良い物でも「まずい、イヤだ」と思いながら食べたら逆にストレスになりそうだし、ズボラな私には手間のかかることは長続きしないのは目に見えていたし。
ところが2年程前、何がきっかけだったか、玄米を食べてみようという気持ちになった。
圧力釜は持っていないし、土鍋で炊くなんていうのも大変そうなので炊飯器の玄米モードで。白米を炊く時より時間はかかるが、ほったらかしておけば炊飯器がやってくれるのだから、手間は普通のご飯を炊くのとなんら変わりない。
こんなに簡単で大丈夫なのかな〜と半信半疑で食べてみたら・・・なんと、おいしい!すごくおいしいではないか。おいしくて、おいしくて、毎日ご飯を食べ過ぎてしまうほどだった。
玄米=病人食=まずい、という公式(?)は、一発でどこかへすっ飛んだ。
そうなってくると「こんなにカンタンでおいしいのに、なんでみんな玄米を敬遠するんだろう??」と疑問が生じた。その話を姑にしたら「それはね、“玄米がおいしい”のではなくて、そのお米が“おいしいお米”だからでしょう」と指摘された。
そのお米は、少し前に車で旅行したとき、途中で立ち寄った千葉県・多古町の「道の駅」の農産物直販コーナーで買った「多古米(たこまい)」というものだった。別にそこにわざわざお米を買いに行ったわけでなく、たまたま通りかかっただけなのだ。「多古米」なんてそれまで聞いたこともなかった。
改めてネットで調べてみると、多古米は生産量が少なく知名度は低いが「隠れた名品」らしく、単に「おいしい」というだけでなくて、「玄米で食べてもおいしい」という特徴のあるお米だったのだ。玄米がまずいと言われるのはパサパサ・ぼそぼそした食感ゆえなのだが、多古米は玄米で食べてもみずみずしく粘りがあって、玄米特有のパサパサ感がないのだ。
そんなお米を玄米食のスタートにできたなんて、なんという幸運!
この「おいしい玄米」を食べていて気付いたことは、ご飯がおいしいとおかずが自然にシンプルになってくるということ。
玄米食をすすめる本の献立など見ていると、いわゆる「粗食」で、いかにも地味〜でさみしい感じ。「え?これしか食べられないの?」と悲しくなってしまう人もいると思う。
だけど、ご飯そのものがおいしかったら、もうそれだけで何もいらなくなってしまうのだ。「せっかくの、この、ご飯のおいしさを、変なおかずの味で消したらもったいない」なんて思ってしまう。玄米には、油ギトギトのおかずや洋風のこってりしたものは合わないので、「粗食にしなければ」なんて意気込まなくても、いつのまにかそうなってしまう。自動的に健康的な嗜好になってしまうようだ。
こんなことを書いているとまるで私は、玄米食をすすめているようだが、そうではない。あくまでも「どうせ食べるなら、おいしい(おいしく)玄米を食べてほしい」というのが私の主張だ。養生のために我慢して「まずい」「みじめ」と思いながら食べるくらいなら、食べない方がましじゃないかとさえ思う。
※私がたまたま出合ったのは「多古米」ですが、他にも「玄米で食べてもおいしいお米」はあるのではないかと思います。
ご自分に合ったおいしさ、そして、入手しやすいお米を、ぜひ探してみてください。(毎日食べるものだから、無理があったら続きませんからね)
※玄米でお米を買っても白米を食べたくなるときもあるし、家族の中で自分だけが玄米を食べるという場合、玄米と白米を両方買い置きするのは大変なので、家庭用精米機があるとよいと思います。
大きさもコンパクト(炊飯器やミキサーくらいの大きさ)で手軽に使えます。これがあれば、5分づき、7分づき、胚芽米、白米、とその日の気分や、料理との組み合わせによってつきかたを選べます。無洗米ができるものもあります。
■参考■
→多古米
→家庭用精米機(うちのはこれと同じです)
2004年08月08日
玄米との幸福な出合い
posted by HANA at 00:00| お気に入り・おすすめ